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厄払い!前厄と後厄についての誤解 - ひめぐらし

厄払い!前厄と後厄についての誤解

あけましておめでとうございます。

 

後厄の今年は、有名な佐野厄除け大師で厄払い。
彼氏が忌中だったため、神社ではなくお寺にしました。

神社とお寺を区別してる人って案外少ないかもしれない。
初詣の人気スポットとか調べても、検索条件で区別すらされてないこともある。
お参りの方法もごっちゃにしているひとが結構いるけど、まぁそこは信心さえればいいのかなと個人的には思う。

 

ただ、初詣に関しては、区別しておいた方がいい。

神社にとっては、死は穢れなので、持ち込んではいけないとされる。
でもお寺は、そもそも法事を扱う場所だし、亡くなった人は仏様のもとに行くのだから穢れでもなんでもないということで、忌中の参拝もOK。

だから喪中や忌中の初詣はお寺に行きましょう。
以上、豆知識。

 

個人的には、神社とお寺では、パワーの種類が違うなって思う。

神社は、神様の存在を感じる。自然があふれていて、風が違って、空間全体が特別なオーラに包まれている感じ。

対してお寺は、仏様の存在だけじゃなくて、長い年月をかけて人が手入れをしてきたことで建物に徐々に力が宿ったような、積み重ねた歴史を感じる要素が、どことなくある。

まぁ、参拝中に「ここってお寺だっけ?神社だっけ?」ってこともあるから、思い込みの力かもしれないけど(笑)

 

でもその違い、厄除けではっきり感じた。

神社の厄除けやご祈祷では、神職の方が何をしていようと「神様お願いします」という、自分と神様で対話をしている意識があった。

お寺の厄除けで、お坊さんたちが独特の協和音でお経を唱える空間で私が思ったのは・・・
「お祈りのプロが、私のために祈ってくれている!!」
という、人任せな感情だった(笑)

神様そのものを感じるか、そこに仕える人を感じるかの違いが、私にとっての神社とお寺の差。

 

考えてみると私、ひとが私のために働いてくれている、という状況が好きかもしれない。
キッチンが見える飲食店やなんかでは、調理している様子をじーっと見てしまう。
「いま焼きはじめたお肉、私の頼んだ分だなぁ!」ってわくわくする。
お惣菜でも流行りのウーバーでもなく、あくまで外食が好きなのも、そのへんに理由がある気がする。
ただ上げ膳据え膳が欲しいのではなくて、誰かが私のために働いてくれているという実感があるほうが、姫気分があがる。

 

だから、

修行を積んだお祈りのプロが、私の願いを仏様に届けてくれる。
これってひめぐらしだ!と、新年早々、嬉しくなったのでした。

 

 

 

ところで。

厄年って何?という根本的な話。
私、こういうイメージをしていた。
前厄から徐々に運気が下がって、本厄がピークで、後厄で徐々に持ち直していく。

これ、違うらしい。

正しくは、こんなかんじ。

身体が変化する年齢が(=本厄)があって、それによって悪いことが起こりやすいので気を付けましょう。
でも人によって成長の速度には差があるから、前後1年くらいの誤差(=前厄と後厄)を見ておきましょう、というものらしい。

この落差を小さくするために厄を払うってイメージかな。

 

厄払いをさぼった前厄の年、体調がものすごく悪くて、不整脈が増えて大変だったのだけど、もしかしてあれが私の厄年?と今になって思う。

とするともう厄は過ぎ去ったのかも、と安心する気持ちと、
私は人より成長(老化)が早いのか、とショックを受ける気持ちと、半々。

 

ともかく、今年も皆様とともに、元気に過ごせますように。

 


厄除けラーメン!